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羽間池界隈(旧高篠村)

【羽間池界隈(旧高篠村)】
 金毘羅参詣道高松街道の最後難所の羽間池を過ぎると祓川越え四條村・榎井村の金毘羅門前町に入ります。
 岡田村から高篠村へ最後の難所への三叉路に自然石の道標があります。「右高松←→左琴平」側面に「左←丸可免道三里」とあります。ここで琴平方面の難所の坂道を登って行きます。羽間池の堤が見えてきます。堤の手前に岡田の延命寺跡と云われる地蔵堂があります。ここ等辺りが岡田村と高篠村の堺で、関所が設けられていたとも云われています。
 延命寺の茶堂(羽間の茶堂)は坂の頂上付近にあり、金毘羅参詣の旅人は、ここで休憩をとりお茶の接待を受けていました。この茶堂で接待に使われていたと云う茶釜が今も残されていると云う。五升炊きの大釜で胴部に金の字が刻まれています。(このお堂に保管されているようです。)
 お寺の縁の前には、「文政七年(1824)庚申」の銘の入っている手洗鉢と「明治二十七年・那珂郡榎井村鋳物師原弥三郎藤原正本」などの銘の入った小さな梵鐘が吊下がっています。
 羽間池の南の堤からは象頭山が一望でき(現在は国道の高架橋が出来て見ることが出来ません。)、この池を頂上とする峠は大変な難所であった。金毘羅詣に行く人は、後少し、最後の休憩場所でもあった。参詣から帰る人々にとっては、この坂を「残念坂」と呼び、この池から金比羅さんを見返り「遊郭での散財を悔しがった。」また、金比羅さんに別れを告げる場所でもあった。
 安藤広重が描き残した浮世絵「六十余州名所図会讃岐象頭山遠望」は羽間池の見た絵だと云われています。
 文は、讃岐の街道金毘羅参詣道などから参照させてもらいました。
 写真は、2011年7月5日撮影


 羽間池(延命寺)への交差点


 羽間池






 延命寺茶堂・関所跡 現延命寺




 手洗鉢(盥)


 鉦


 倒れたままの石柱


 空首地蔵・大日菩薩


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コメント

No title

延命寺跡の地蔵堂ですか。
お茶の接待があり、関所がある…
その時代にいたら、私も残念坂で悔しがっていたでしょうね。

No title

金毘羅参詣道高松街道には峠の頂部での茶堂での接待は何ヶ所はわかっています。十三塚のこんぴらさん脇、甘酒峠(脇神社・脇城祉から高松よりの峠)、この羽間池(残念坂)などです。
金毘羅では旧金丸座周辺が岡場所だったようです。今は無くなっています。

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