FC2ブログ

記事一覧

金毘羅参詣道・高松街道「陶から萱原村」

【金毘羅参詣道・高松街道「陶から萱原村」】
 陶の的場の道標と萱原村八百萬御神燈籠
 的場の道標は、陶の町はずれの三差路の角に建っています。直進すると「山田」方面右に進むと旧萱原村・瀧宮村方面です。道標には明治四十四年建立で「右ことひら・左やまだ道」と刻んであります。元々は現在地より少し北にあったと思われます。
 西に少し行くと的場と云う所を過ぎて、農協の辺りに通称一里山と云い大松があったのでしょう。萱原村に入った所には、自然石の燈籠があった。(現在は道の駅近くに移転?。)
 旧道を進むと、集会場と二つの石碑があります。一つは久保太郎衛門の碑でもう一つは萱原用水改修記念碑です。自然石灯籠と八百萬御神燈籠同じ所に建っています。八百萬御神燈籠には、明治二十九年の建立で、台座に「西氏子中」と刻まれています。元は、少し東の田の岸に有った有ったものを移転して来たものです。

 萱原用水
 香川県綾歌郡綾川町萱原・滝宮・陶の灌漑面積 199ha
 瀬戸内式気候で降水量が少ない上、地勢上、水利の便が悪かったが、土地が肥えていため小さなため池を水源として用水通水以前より、水田が開かれていた。しかし、たび重なる干害により稲が立ち枯れし、飢えに苦しむことが多かった。
 幹線水路9.350m、支線1.240m 合計10.590m(隧道9箇所、サイフォン175m)綾川の水を取り入れ、山・谷・峠を横切り大羽茂池に達する。60余りの池の掛け井手となり、肥沃な大地を潤し地域農業を支えてい る。
Weblio 辞書 依り

 久保太郎右衛門
 農業用水路の築造に尽力された人物として久保太郎右衛門さんがあげられます。綾川上流の山田地方から、滝宮地方の溜池に農業用水を誘引し、この地方の水田の稲作をはじめ、農作物は豊かな水に守られて育ちました。久保太郎右衛門さんは、その当時、財産を持つ庄屋でありました。
 萱原用水(誘引の水路)の工事は庄屋さんが自費で工事施工したことから、記念碑も建てられ、八坂神社(綾川町萱原)に神として奉られ今日も多くの方々に尊敬されております。
 綾川町長談話室 藤井賢より

 写真は、2011年1月24日・3月25日撮影
 場所は、ワイワイマップにスポット投稿します。




















ワイワイマップの見方
yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→「金毘羅灯籠」検索→《金毘羅街道・金毘羅灯籠map》を スクロールで選定する。
スポンサーサイト



コメント

No title

マトハ同行とは?
金毘羅さんのことですか?

No title

マトハは、的場(弓矢の矢を作っていたようです。矢を試射する的が有った。)職人達が多くいた。地名です。
同行(どうぎょう)と読みます。同行とは、18~20軒の隣組単位の組織で、嫁が来ると結婚式の後に(男性の家でしていた。三日三晩御客様が変わって行っていたようです。)、同行の仲間入りをするため「おきゃく=香川の方言で宴会の事です。」(同行の女の人たちにお披露目するために御馳走を作り振舞う。婿取りは男衆におこなう。)逆に嫁に出す時は、結婚式の数日前に同行から出る式をする。氏神様の当番もこの同行単位で行っています。
石灯籠にも「構中」「組中」「氏子中」などと共に「同行」も刻んであるようです。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

honndokagawa2019

Author:honndokagawa2019
FC2ブログへようこそ!