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綾川橋と西山庵

【綾川橋と西山庵】
金毘羅参詣道・高松街道【綾川橋と西山庵】は香川県綾川町滝宮にあります。
 <><>綾川橋(安益(あや)橋)
 金毘羅参詣道・高松街道も滝宮の比川(綾川)にさしかかりますと滝宮神社の鳥居から南へ伸びる道筋を本町と云ます。本町には宿屋・提灯屋・雑穀屋・仏壇屋・呉服屋・理髪店・下駄屋などお店が建ち並んでいた繁華な町であった。幕末には「うどん屋」が11軒有ったと云う。
 町並みが切れる所で右に曲がると川岸に出ます。昔は橋も無く出水すれば、相当の賃金を求め旅人を渡していた。
 安政年間川西小野村に「魁春堂竹内次郎助」なるもの比川にして架橋なきを憂い、藩庁に軟願し架橋の許可を得て・・・全讃岐国民の寄付金を募集し板橋を架けたと云う。当時は、香東川・祓川のも架橋がなかった。故に殊更に綾川橋の名高く当地の名所に数えられ、「古高橋」と呼ばれ、木造の太鼓橋だったそうです。江戸時代には「安益(あや)橋・綾川橋」とも呼ばれていた。
 『綾南町誌』『讃岐名勝絵図』には古く石橋だったのを前記「竹内次郎助」ほか三人が安政四年(1857)に再建したと細かく記されている。昭和八年に現在の滝宮橋が架かるまで本街道として使用されていた。(現在は歩行者用の橋となっている。)
 綾川の淵には、奇岩が剥き出しになっていて実に美しい姿を見せてくれる。

 <><>西山庵
 「古高橋」渡って少し行くと「川の坂の庵」と呼ばれる「西山庵」があります。この庵は古く西山寺と云い、龍燈院の西の坊であったと云います。龍燈院とは現在の滝宮神社と天満宮の間にあった大寺で、両社の別当を兼ねていました。明治の神仏分離で廃寺となり、明治の一揆で焼かれ、本尊は堂床地区の人々が盗まれた地区のお堂の本尊にと譲り受け、守り伝えて、現在は重文の指定を受けています。
庵の前に金毘羅燈籠が立っています。笠・火袋・竿全てが円型の珍しい燈籠で、正面に「金毘羅大権現御廣前」と刻まれ、文化十年(1813)の建立ですが、全体的に風化がして刻まれている文字が読みにくくなっています。
 文は、讃岐の街道・金毘羅参詣道と綾南町誌などから転載しました。
 写真は、2011年5月7日・5月24日撮影
 場所は、ワイワイマップにスポット投稿します。

 綾川橋






 淵の奇岩






 綾川橋上流の琴電の鉄橋


 昭和8年の滝宮橋


 西山庵









ワイワイマップの見方
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コメント

No title

はじめまして
ここは、道の駅滝宮のところですね
この近所にこんなところがあるんですね
初めて知りました

No title

滝宮神社と天満宮の別当龍燈院の西の坊西山寺。
ご本尊が戻ってきてよかったですね。
是非拝んでみたいものですが、綾川の奇岩にも大いに興味があります。

No title

サンチョさん、はじめまして
道の駅の上流の旧金毘羅街道です。滝宮公園に車を止めて公園の中を滝宮橋の下を潜って旧街道に登って行きます。綾川橋は新しい物です。

No title

pokoさん、西山庵には、まだ帰って無いのです。

綾川の奇岩は、石の名前が判りませんが、小さな円形の穴が開いていたり黒っぽい石が混じり合っています。byビュート

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