FC2ブログ

記事一覧

新堀港(新堀湛甫=しんぼりたんぽ)

【新堀港(新堀湛甫=しんぼりたんぽ)】
 江戸・京・浪速方面から金毘羅参詣が多く延享元年(1744)に就航した大坂からの定期便の利用で一層賑わい、多くの参詣客共に江戸・上方の文化も伝わった。
 大坂港からは、神戸(魚津)、室津、牛窓、下津井と四泊五日の船旅でした。江戸初期は中須賀と呼ばれて陸地より離れた島でした。元禄四年(1691)に橋が架けられて、福島と云われました。それまでは、島の沿岸に船を懸けていたのですが、増便の金毘羅船に困り、文化三年(1806)に約60間(190m)の福島堪甫を造りました。しかし、この頃から金毘羅信仰はなお一層高まり、上方よりの便数も激増し、この福島堪甫も手狭になり、新しい湛甫と金毘羅常夜燈の建立を天保二年(1831)丸亀藩に願い入れ、幕府の承認を得て翌三年に工事を着手天保四年に完成した。常夜燈も3基造られたが、その内の2基は昭和20年、第2次世界大戦の金属供出にとって献納しました。文は讃岐の街道①金毘羅参詣道より抜粋しました。

 新堀港(新堀湛甫=しんぼりたんぽ)
 天保3年(1832)、丸亀藩主は幕府の許可を得て、「西平山」の海岸に湛甫を築いた。東西80間(145,44m)、南北40間(72,72m)、入り口15間(27,27m)の湛甫が完成された。
 此の湛甫を新堀湛甫と呼び、その付近一帯の地名を新堀と呼んだ。湛甫ができると阪神・岡山方面からの金毘羅参拝の船が往来し、今までにも増して丸亀はいっそう繁栄した。丸亀市教育委員会 文は新堀港モニュメント銘板より転載しました。
 写真は2011年1月7日撮影
 場所はワイワイマップにスポット投稿します。





 瀬山登の銅像






 山北八幡宮から戻って来た京極船塊神社


JR丸亀駅北口にある新堀湛甫にあった常夜燈





ワイワイマップの見方
yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→「金毘羅灯籠」検索→《金毘羅街道・灯籠map》を スクロールで選定する。
スポンサーサイト



コメント

No title

常夜灯のある風景はいいですね。
信仰が息ついているようです。

No title

江戸から明治の人たちは信仰深いのでしょうか。

当時の道を辿っていますが、なかなか上手くいきません。
少しづつ順不同で投稿します。お付き合いのほどお願いします。

No title

ビュートさん、こんにちは

江戸時代から明治の道を辿ってのお写真を見れて嬉しいです。
祖母は、明治生まれでハイカラさんだったんですよ^^

私は、京極船塊神社の趣が好きです!!☆ポチ

以前の記事の琴平神社に初詣に行って来ました
近いうちに画像出しますね

No title

NORIさん、琴平神社が初詣ですか。私は岡山県の祇園神社が初詣となりました。☆ポチありがとうございます。
丸亀京極藩の船を福島に停泊していて神社を建立して安全を祈った。
琴平神社・金毘羅宮の単独神社は少なく珍しいです。
出来たらワイワイマップ「金毘羅参詣道と金毘羅宮map」にスポット投稿して貰えると嬉しいです。Byビュート

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

honndokagawa2019

Author:honndokagawa2019
FC2ブログへようこそ!