FC2ブログ

記事一覧

駒止地蔵と土岐六蔵碑

【駒止地蔵と土岐六蔵碑】
 駒止地蔵と土岐六蔵碑
 <>土岐六蔵
 さぬき新道を綾歌町岡田に入ると、南側に見えてくるのが「小津森池」です。
 このため池を築造したのは、高松藩主松平頼重の家臣矢延平六で、寛文12年(1672年)の完成と伝えられています。
 文政年間(1818年~1830年)には鵜多郡の大庄屋木村又左衛門らの努力で、はじめてかさ上げ工事が行われ、堤長141間(258.1m)、堤高4間半(8.1m)、貯水量13万8千立方メートルの規模となりました。しかし、まだ水不足は解消せず、水田の約4割は米ではなく綿や甘しょを栽培していました。明治27年(1894年)の干ばつの後、岡田村の土岐六蔵がため池の拡張を決意、さっそく工事にかかり、貯水量が従来の約4倍という大池が翌年に完成しました。これによって、この地の水稲栽培が盛んになったといわれています。
 また、ため池の真下を香川用水がサイホンで通り抜けるという珍しい構造がとられています。
 <>駒止地蔵
 昔ある武士が馬に乗って通りかかり、武者修行の旅の武士出会い争いになりました。旅の武士は馬の足を切り落とし、馬乗の武士は落馬し、そのまま斬り殺された。土地の人は無残な死をとげた武士の為に石の地蔵を立てて供養しました。しかしそれ以来、この地蔵の前に馬が来ると、不思議な事に止まってしまい何故か馬が動かなくなり進めない。そこでお地蔵さまを逆さにしてみると、 馬は無事歩むようになったという。今でも駒止地蔵では、逆さに立てられたお地蔵さまが、町の人々を静かに見守っている。
 <>一本木の道標
 駒止地蔵より西へ250m程進むと一本木のY字路に道標が残っている。右ぜんつうじ、左こんぴら道、大正4年などの銘がある。
 以上の文は讃岐の街道①金毘羅参詣道及び香川の池WEBサイトなどを参照しました。
 写真は2010年7月8日・8月29日撮影
 場所は、ワイワイマップにスポット投稿します。






















ワイワイマップの見方
yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→「金毘羅灯籠」で検索→《金毘羅街道・灯籠MAP》を スクロールで選定する。
スポンサーサイト

コメント

No title

素敵な街並み、いい地蔵菩薩です。

No title

祠の素晴らしいこと

No title

お地蔵さまが逆さまになっているようなのですが、手を延ばして撮ってみたのですが写って無いです。黒壁の前には白壁の家もあります。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

honndokagawa2019

Author:honndokagawa2019
FC2ブログへようこそ!