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金毘羅参詣道丸亀街道・西高篠自然石灯籠

【金毘羅参詣道丸亀街道・西高篠自然石灯籠】
 ★金毘羅参詣丸亀街道
 金毘羅信仰が高まったのは室町時代以後で瀬戸内海の交通が開けると塩飽島民等の海上生活者から海の守護神として崇敬された。
 近世以来全国各地に金毘羅講が組織されて各方面からの「こんぴら道」が発達した。
 この丸亀街道は京阪神や山陽方面から丸亀港に上陸した参詣道である。この街道沿いには休息のための茶堂や一里塚が設けられ、金毘羅燈籠や道しるべ(丁石・道標)などが建てられた。以上百十丁附近の街道説明板より転載しました。
 ★西高篠自然石灯籠と百二十四丁石
 この124丁前は(丸亀方面)は西に入り南に曲がったりの複雑な道であったそうで(田畑に沿ったクランク地形であった自然道)、明治に入ってこのクランク部分を斜めに横切る道が整備された。ここに来ると土塀を巡らした農家が立ち並んでいます。この灯籠には金の一字あるだけで火袋以外は自然石のままであり、丁石には、京小道具屋「笹屋嘉右衛門」と寄進者の名が刻まれています。少し進むと「天領代官所址」があります。苗田村・榎井村・五条村・五毛村の四村を寛永19年幕府が直接統治する天領としました。(現在は、説明板が有るだけです。) 参考資料:讃岐の街道①金毘羅参詣道
 写真は、2010年7月8日撮影
 地図はワイワイマップにスポット投稿します。








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コメント

No title

こんにちわ。
とても興味のある記事でした。
関東では富士信仰、大山信仰、御嶽山信仰、稲荷信仰がありましたが、それに比べ金毘羅信仰は少ないものでした。
それでも家康は江戸城鬼門に金毘羅様を置きましたけどね。

No title

讃岐の金毘羅参詣は、道が複雑に入り組んでいた自然道(田畑に沿った道)しか無く夜になると参詣する人たちが迷子になり集落に入り込んで来るようになったので村人達は灯籠や道標を作ったようです。
確かに灯籠などの寄進者は京阪神の商人が多いようです。

No title

ビュートさん、こんにちは^^
暑い中、お仕事お疲れ様です♪
金毘羅参詣道。。。。とても勉強になります。
私、香川県に行った事がないから、得した気分です♪
ブログを初めて、もうすぐ2ヶ月になりますが、学ぶ事や改めて気が付くことがたくさんありますね。

知性的なビュートさんに失礼かな?
三枚目のお写真の石造は、大きな松茸に似てますよね^^;
ポチ☆^^

No title

NORIさん、ポチ!。ありがとうございます。
私もBLOGを始めてなかったら道端にこんな灯籠があっても気がつかなかったです。テーマを小さな香川県に絞りましたから300ヶ所を超えると紹介する所が地味になってきています。
こんな大きな松茸が有れば楽しいですね。

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