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細川頼之公海南行詩

【細川頼之公海南行詩】
作 者:細川 頼之
〔元徳元年(1329)~元中9年/明徳3年3月2日(1392年3月25日)〕
建 立:
背 景
 貞治六年(1367)室町幕府の執事となった頼之公は、その後十余年にわたって幼将軍足利義満(第三代)を扶けて幕府を総覧し、皇室や寺社の伝統的権威の護持や南北朝内乱の終熄に力を尽くすなど草創期の幕閣にあって数多くの治績を遺した。
 しかし、康暦元年(1379)頼之の治世に不満を抱く反細川派の斗将京極高秀・土岐直氏らによる康暦の政変によって執事を辞し、同年四月一族を従えて京を去り領国讃岐に退いた。碑石に刻まれた詩は、頼之公が京を去る際に詠した七言絶句である。
解説等:
場 所:大束川河畔の公園
住 所:香川県綾歌郡宇多津町新開
マピオンマップ↓↓↓↓
https://www.mapion.co.jp/m2/34.310830495963664,133.8272765092527,19
マップ↓↓↓↓

資 料:現地説明板、Wikipediaなど
撮影日:2018年8月19日

  人生五十愧無功
  花木春過夏已中
  満室蒼蠅掃難去
  起尋禪榻臥清風
 概 訳
 わが人生は早くも五〇歳を過ぎようとしている。これを季節に例えるならば、花や木は既に過ぎて凋落(ちょうらく)の夏半ばを迎えようとしているのに自分は何一つ功績を挙げることができず誠に残念である。しかし京都では権勢の亡者どもがうごめいていてうるさくて仕方がない。こんな京都から早く身を退いて禅師を尋ね静かに余生を過ごしたいものである。
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