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正岡 子規/霜月の空也は骨に行きにける

【霜月の空也は骨に行きにける】作 者:正岡 子規〔慶応三年(1867)~明治三十五年(1902)〕解説等 明治二十九年十二月三日刊の雑誌「太陽」に載った冬の句で『寒山落木』巻がある。空也(延喜三年~天禄三年)(903~972)は阿弥陀聖ともいわれ、三年間、浄土寺に立ち止まったとも。「骨に生きる」とは、「空也の肉体は白骨となっても、人々の胸には念仏の教えが今も生きている」の意。句碑の文字は高野山管長であった「森寛紹大僧正(...

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正岡 子規/秋風や高井のていれぎ三津の鯛

【秋風や高井のていれぎ三津の鯛】作 者:正岡 子規(まさおかしき)〔慶応三年(1867)~明治三十五年(1902)〕背 景:解説等 明治二十八年の作で、「故郷の蓴鱸(じゅんろ)くひたしといひし人もありとか」と前書きして句がある。 「蓴鱸」は「蓴羮(じゅんこう)・鱸膾(ろかい)」の略で、「じゅんさい(蓴)の吸い物と、すずき(鱸)のなます」のこと、昔、中国の晋の張翰󠄀(ちょうかん)が、秋風が吹きはじめると、故郷のこの料理...

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森 白象/お遍路の誰もが持てる不仕合

【お遍路の誰もが持てる不仕合】作 者:森 白象(もり はくしょう)〔明治三十二年(1899)~平成六年(1994)〕背 景:白象の三男が亡くなり、遺骨を携え四国巡礼に出たとき、遍路の心にはそれぞれの思いと影があることを思い詠んだもの。略 歴本名 健三 僧名 寛紹1899 愛媛県温泉郡重信町(現東温市)生まれ    高野山真言宗管長    高野山真言宗総本山金剛峯寺第四〇六世座主1994 九十五歳で遷化     解説等 昭和...

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伊賀小四郎 (石像)

賢人名:伊賀小四郎 (石像)(香川県青年教育の父)住 所:香川県高松市岡本町場所 マピオンマップ↓↓↓↓https://www.mapion.co.jp/m2/34.2705522301872,133.98866770786537,19偉業等: 伊賀小四郎は、明治10年(1877))、阿野郡畑田村(現 綾川町)に生まれました。明治30年、20歳で畑田尋常小学校の教員になってから79歳で香川県教育委員会委員を辞するまで、実業教育・青年教育の振興に努め、香川県の教育界に大きな功績を残しました...

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Author:honndokagawa2019
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