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記事一覧

ひしお丼

メニュー:ひしお丼(丼・漬物・ソーメンすまし汁) 当レストランお奨め価 格:950円食べ方:エキストラバージンオリーブオイルを一回りかけて混ぜて食べます。お好みでオリーブ香草塩をふりかけても良い。(ウエイトレスより説明を受けました。)店 舗:オリーブ園レストラン営業時間:9:00~16:00定休日:会 社:株式会社オリーブ園住 所:香川県小豆郡小豆島町西村甲2171電 話:0879-82-4260情 報:道の駅隣接撮影日:2014年...

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千代橋の歌碑

千代橋の歌碑場 所:香川県高松市松島町の千代橋の西北角住 所:香川県高松市松島町二丁目背 景:明治十二年に木製の太鼓橋から恒久的な石の橋に架け替えられたことを記念して建立したものである。【世をわたす 人の恵みを 行きかひに かけて忘るな 千代橋の磐橋】作 者:友安 盛敏1833~1886 幕末-明治時代の武士、国学者。天保四年生まれ。友安三冬(みふゆ)の子。讃岐高松藩士。慶応2年藩の歴史書編修所の考信閣総裁。明治...

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史跡 生野銀山 Ⅱ

史跡 生野銀山 生野銀山は、大同二年(807)に発見されたと伝えられ、室町年間の天文十一年(1542)には、山名祐豊時代に銀鉱脈の本格的な採掘が始まりました。織田・豊臣の各時代を経て、江戸時代に幕府が「銀山奉行」を設置。その後「生野代官」が置かれ、やがて生野銀山は最盛期を迎えます。 明治元年、政府直轄鉱山となった生野銀山にフランス人技師「シャン・フランソワ・コァニェ」が着任し、軌道や捲揚機(ウインチ)の新設など...

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史跡 生野銀山 Ⅰ

史跡 生野銀山 生野銀山は、大同二年(807)に発見されたと伝えられ、室町年間の天文十一年(1542)には、山名祐豊時代に銀鉱脈の本格的な採掘が始まりました。織田・豊臣の各時代を経て、江戸時代に幕府が「銀山奉行」を設置。その後「生野代官」が置かれ、やがて生野銀山は最盛期を迎えます。 明治元年、政府直轄鉱山となった生野銀山にフランス人技師「シャン・フランソワ・コァニェ」が着任し、軌道や捲揚機(ウインチ)の新設など...

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野口雨情/白滝

【秋の白滝木と木の紅葉山に錦の幕を張る】作 者:野口 雨情背 景 昭和十年十月二十五日、白滝村(現大洲市白滝)に、来訪して、白滝にちなんだ十句を詠んだ。その句に曲をつけ、当時の賑わう街中に「白滝小唄」が流れた。解説等:略 歴 1882年 茨城県生まれ 明治から昭和の詩人。本名「英吉」 大正時代より全国を歩いて、民謡や童謡の普及に人力し、純情素朴な叙情詩は広く民衆に愛唱された。 代表作に「七つの子」「シャ...

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竹田駅・JR西日本

駅 名:竹田駅鉄道会社:西日本旅客鉄道路線名:播但線駅構造:単式ホーム2面2線を持ち、交換設備を備えた地上駅歴 史明治39年(1906)4月1日 山陽鉄道の新井駅~和田山駅間の延伸と同時に開業。旅客・貨物の取扱を開始。解 説:平成26年3月20日順次進めてきました竹田駅舎のリニューアル工事が完成。播但線延伸開業時に建てられた木造駅舎が現存しています。明治三十九年築。住 所:兵庫県朝来市和田山町竹田30-4最 寄:竹田...

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野口雨情/鳴門公園

【超える気がありぁ鳴門の瀬戸も命帆にかけ舟で越す】作 者:野口 雨情背 景 昭和十一年二月に来鳴し、八日から十日にかけて鳴門の名所を巡り、豪快な渦の巻く鳴門海峡、月明かりの美しい鳴門の風景に心動かされて、「鳴門小唄」八節を詠んだ。 また、撫養塩田や妙見山の景観に魅せられ、「撫養小唄」十四節を作った。解説等:平成十八年は、野口雨情来鳴七十周年を迎える。この記念すべき年に顕彰し、後世に伝えるため、この...

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honndokagawa2019

Author:honndokagawa2019
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