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記事一覧

皇子神社と八幡宮・金毘羅大権現献納灯

【皇子神社と八幡宮・金毘羅大権現献納灯】 皇子神社は香川県丸亀市郡家町に遷座して現在に至っています。 皇子神社は本殿、弊殿、拝殿の3棟が連なっている。本殿は間口1.98m、奥行き3.96m、入船屋造り、平入り、向材1間、檜皮葺である。 建設時代は江戸時代末期で、細部に時代の特徴をよく表している。その頃宝幢寺の鎮守神として建造され、その後寛文12年宝幢寺池、上池の築造で鎮座地が水没することになり、原型のまま神...

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柞原常夜燈と田村(正面寺)の自然石燈籠

【柞原常夜燈と田村(正面寺)の自然石燈籠】 柞原(くはら)常夜燈と田村(正面寺)の自然石燈籠は香川県丸亀市柞原町の旧金毘羅参詣道丸亀街道沿いに残っています。 ★柞原常夜燈 中府の一の大鳥居を通って三軒家を過ぎると街道はT字交差点に出ます。ここで右に伊予街道、左に丸亀街道で、丸亀城の南側に出て今度は右にで山北八幡宮を右に見ながら南に進みます。現在の県道とY字交差点の頂点に「柞原(くはら)常夜燈」が建っていま...

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中府の道標・丁石・燈籠

【中府の道標・丁石・燈籠】 中府の道標・丁石・燈籠は香川県丸亀市中府町の旧金毘羅参詣道丸亀道沿いに有ります。金毘羅宮大鳥居近くに残っています。 中府は丸亀城下と城外とを分ける出目との接点付近であり、街道は城下を通過させず、城外を通過させていました。中府口では出口番所が設けられていました。 道標 道標は明治四年(1767)に京・大坂の商人が奉納した道案内立石で「従是金毘羅町口江百五十丁」などと彫られています...

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郡家の茶堂と神野神社

【郡家の茶堂と神野神社】 郡家の茶堂と神野神社は香川県丸亀市郡家町の金毘羅参詣道丸亀街道沿いにあります。 ★郡家(ぐんげ)茶堂跡 江戸時代から昭和初期にかけてこの前を通る金毘羅参詣丸亀街道に面して茶堂と呼ばれる建物があった。茶堂は金毘羅参りの旅人達が休憩し接待を受けた場所で仏様も祀られていた。 明治の鉄道開通により街道は次第にその役目を失い昭和22年茶堂は撤去された。現在はその跡に観音堂と賽祷碑(さいと...

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農人町・南条町灯籠

【農人町・南条町灯籠】 農人町・南条町灯籠は香川県丸亀市南条町の旧金毘羅参詣道丸亀街道に残っています。 新堀湛甫が完成し福島堪甫が使われなくなった。福島堪甫の道端には燈籠が何基かはあって旅人の案内の役目をしていた。役目を終えた燈籠は装飾用に転用されたり、中には邪魔ものとして除かれ場違いの所に置かれているもののある。それでもなお丸亀市内の数ヶ所で金毘羅燈籠は保存されている。(みなと公園・JR丸亀駅北...

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鷲ノ山

【鷲ノ山】 鷲ノ山は香川県高松市・坂出市・綾川町堺の標高322mの山で香川のみどり百選、「市街地に近いみどり14鷲ノ山」に指定されています。 鷲ノ山は、鷲が羽を広げたような形をしており、複雑な尾根筋を持つ険しい山で、山には新名氏の鷲ノ山城跡があります。山の名前は、鑑真が大宰府から都に向かう船旅の途中、夢の中で老僧のお告げがあり、インドの霊鷲山に似た山が綾の地(坂出市、国分寺町)にあると聞き、この山を探し...

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備前・田の口港

【備前・田の口港】 備前・田の口港は、岡山県倉敷市児島にある港です。 田の口港は「瑜伽大権現」の参詣の受入港として、賑わった港町でした。由加山は、全国でも珍しく多くの表参道「東・西・南・北」をもっています。 田の口の波止場上がりに口正面に、大鳥居と唐獅子一対が金毘羅さんと南北線上にあって対面しているのが南表参道入口を示しています。 これは背後の由加山蓮台寺への門前港として栄えた港町で、瑜伽参道には...

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鷲ノ山より讃岐富士

【讃岐富士】【2011年1月12日鷲ノ山より撮影】...

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野崎浜灯明台

【野崎浜灯明台】 倉敷市指定建造物「旧野崎浜灯明台」は岡山県倉敷市味野の観光港脇に残っています。 元野崎浜(味野・赤崎浜)四十八町歩の構築は文政十二年(1829)児島における新浜のあけぼのであった。 浜は製塩資材を搬入する船や諸国の塩買い船で賑わい、幕末には北前船の訪れも頻繁になる。味野・赤崎両浜を割る入川の川口、波止場の一角に灯明台が建てられたのは、文久3年(1863)、入船を導く標識の提示と塩釜明神への献灯...

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下津井・田之浦魚港(旧田ノ浦村)

【下津井・田之浦魚港(旧田ノ浦村)】 下津井漁港は次の3港から成る。江戸時代には北前船の母港でもあった。 田之浦港(旧田ノ浦村)・下津井港(旧下津井村)・吹上港(旧吹上村) 田之浦浦漁港は下津井の最東部の港で西の祇園の鼻に有る祇園神社の常夜燈に対して東の鼻にある木製の燈篭台は今も港に残っている金毘羅宮の献灯でもある。 岡山県下最大の漁獲量を誇る漁港である下津井は、タコやイカナゴ、鯛やメバル、岡山県の郷土料...

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下津井・吹上漁港(旧吹上村)

【下津井・吹上漁港(旧吹上村)】 下津井・吹上漁港(旧吹上村)は岡山県倉敷市児島にあります。(旧下津井村の祇園の宮港)と田之浦港(旧田ノ浦村)の中間に有る港で常夜燈には、金毘羅大権現と喩伽大権現の文字が刻まれています。 下津井は江戸時代に蝦夷地(北海道)のニシン粕を積んだ北前船、参勤交代の西国の大名の船、諸国の商船などが出入りする大変賑やかな港として、また上方(大坂川口から明石・室津・牛窓・下津井・鞆)から十...

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下津井漁港・旧下津井港(旧下津井村)

【下津井漁港・旧下津井港(旧下津井村)】 下津井は江戸時代に蝦夷地(北海道)のニシン粕を積んだ北前船、参勤交代の西国の大名の船、諸国の商船などが出入りする大変賑やかな港として、また上方(大坂川口から明石・室津・牛窓・下津井・鞆)から十里港として金毘羅往来の発着港として栄えました。 現在は瀬戸大橋の直下の美味しい魚が水揚げされる漁港で釣り船としての遊漁船も盛んです。 下津井港は、岡山県中南部の児島半島南端...

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田宮坊太郎墓所案内道標と田宮坊太郎の墓

【田宮坊太郎墓所案内道標と田宮坊太郎の墓】 田宮坊太郎墓所案内道標は香川県丸亀市南条町の旧金毘羅参詣道丸亀街道沿いにあります。 ※田宮坊太郎(たみやぼうたろう) 江戸初期の剣豪(田宮流小太刀の達人)で紀伊徳川家の重臣の血を引きながらも、讃岐国丸亀藩士であった父・源八郎を同じ藩中の遺恨から藩の剣術指南役・堀源太左衛門の卑劣な剣の前に果てた父の仇をうつため、柳生宗冬について修行。18歳の時に丸亀の八幡社境内(...

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玉積神社(旧金毘羅宮遙拝所)

【玉積神社(旧金毘羅宮遙拝所)】 玉積神社は香川県丸亀市西平山町に鎮座している。 玉垣前の道路に狛犬が置かれ、入口の燈籠の上にも可愛い狛犬が乗せられています。鳥居を潜ると右側に境内社・金神社、正面に千鳥破風、唐破風付きの豪華な屋根を持つ拝殿が建ち、後ろの高い石垣上に本殿が建立されています。社殿左の建物には「象頭山」の額が架かっています。又社地左には「稲荷神社」も祀られています。 境内社:金神社、稲荷...

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六ツ目山

【六ツ目山】 六ツ目山(御厩富士=さぬき8富士の一つです。)飯野山、白山、高鉢山、堤山、九十九山、十瓶山、爺神山、です。 高松市国分寺町にある山です。 標高は、六ツ目山317m・伽藍山216m・万灯山158m 六ッ目山・伽藍山・万灯山は、おむすび型をした三つの山が並び、美しい姿を見せてくれます。中でも一番大きな山が六ッ目山で、「御厩富士」ともよばれ、讃岐七富士の一つになっています。 また、山頂には山の名前の...

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下津井町並み保存地区

【下津井町並み保存地区】 下津井は江戸時代に蝦夷地(北海道)のニシン粕を積んだ北前船、参勤交代の西国の大名の船、諸国の商船などが出入りする大変賑やかな港として、また金毘羅往来の発着港として栄えました。 文は全て現地説明板より転載しました。 写真は2011年1月3日撮影 場所はワイワイマップにスポット投稿します。 <>下津井町並み保存地区 岡山県の町並み保存地区昭和61年指定 下津井は瀬戸内海に面する歴...

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新堀港(新堀湛甫=しんぼりたんぽ)

【新堀港(新堀湛甫=しんぼりたんぽ)】 江戸・京・浪速方面から金毘羅参詣が多く延享元年(1744)に就航した大坂からの定期便の利用で一層賑わい、多くの参詣客共に江戸・上方の文化も伝わった。 大坂港からは、神戸(魚津)、室津、牛窓、下津井と四泊五日の船旅でした。江戸初期は中須賀と呼ばれて陸地より離れた島でした。元禄四年(1691)に橋が架けられて、福島と云われました。それまでは、島の沿岸に船を懸けていたのですが、増...

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中府の大鳥居と三軒家の石灯籠

【中府の大鳥居と三軒家の石灯籠】 中府の大鳥居と三軒家の石灯籠 中府の大鳥居は金毘羅宮の一の鳥居で花崗岩製の明神造りで、高さ約6,7m、柱の間は約4,5mあって、上部中央に「金毘羅宮」と書かれた青銅製の額が掲げられています。明治4年(1871)正月、大阪府堺、山口県、青森県、地元丸亀県(当時は香川県では有りませんでした。)の人々によって建立された。昭和18年の地震で倒壊しましたが、その時は金毘羅宮が修復しました。 大...

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祇園神社と燈籠台

【祇園神社と燈籠台】 祇園神社と燈籠台 児島半島の南端に位置する「田の浦、吹上、祇園宮」の港が有り、旧幕時代備前藩の門戸となっていたと同時に西海航路(九州や中国・四国西部)の起点になっていた。瀬戸内海を航行する帆船にとっては水の補給や風待ち・潮に乗る為の重要な中継地点でありました。 下津井沖は潮が早く、参勤交代の各藩の船や北前船と金毘羅参詣の船が行きかっていた。 祇園神社 祇園神社は岡山県倉敷市児島...

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南条町の金毘羅街道と寿覚院

【南条町の金毘羅街道と寿覚院】 金毘羅奉納灯籠 この石灯籠は、金毘羅大権現への献納燈籠の一つで、元はこんぴら街道の門戸であった福島堪甫の突堤にあったものである。台石には願主、世話人、願主名の他に「左金毘羅道」本宮百五十八丁や札所への距離など道標も兼ねた掘り込みがある。寛政8年(1791)に大阪講中によって建てられが明治44年(1911)壽覚院山門脇に移転され、平成6年(1994)に丸亀市の金毘羅街道景観整備事業によりこ...

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明けましておめでとうございます。

2011年新年明けましておめでとうございます。...

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Author:honndokagawa2019
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